製造業では、設計・開発、調達、生産、品質管理、保守といった各工程でデータが分断され、情報伝達の遅れや設計変更の反映漏れ、ノウハウの属人化などが課題になりがちです。こうした課題の解決策として注目されているのが、製品ライフサイクル全体のデータをつなぐデジタルスレッドです。
今回はデジタルスレッドの定義やデジタルツインとの違い、PLM・MESなどとの連携関係を解説します。さらに、導入によって得られるトレーサビリティ向上、リードタイム短縮、品質向上、コスト削減といった効果から、失敗を避けるための導入ステップや推進時のポイントまでご紹介します。
1. デジタルスレッドとは?ものづくりを変革する基本概念
デジタルスレッドとは、製品の企画・設計・調達・製造・品質管理・販売・保守といった製品ライフサイクル全体の情報を、デジタルデータとして一貫してつなぐ考え方です。各工程で発生するデータを部門やシステムごとに分断せず、製品に関する情報の流れを一本の「糸」のように連携させることから、デジタルスレッドと呼ばれます。
製造業では、3D CADの設計データ、部品表、製造指示、設備の稼働情報、検査結果、不具合履歴、保守履歴など、多くのデータが日々発生します。これらの情報を必要な人やシステムが適切なタイミングで参照できる状態にすることで、設計意図を製造現場やサービス部門まで正確に伝えやすくなります。
単にデータを保存・共有するだけでは、デジタルスレッドとはいえません。製品番号、部品番号、仕様、版数、製造ロット、シリアル番号などを関連付け、どの製品が、いつ、どのような設計情報と製造条件にもとづいて作られたのかを追跡できることが重要です。これにより、製品に関する情報を工程単位ではなく、ライフサイクル全体を通じて活用できるようになります。
1.1 デジタルスレッドの定義と注目される背景
デジタルスレッドは、製品に関わるデータをライフサイクル全体で連携し、設計から製造、出荷後の保守まで一貫して活用するためのデータ基盤・運用の考え方です。対象となるデータには、製品仕様、3Dモデル、図面、部品表、工程情報、作業手順、品質データ、設備データ、顧客からの問い合わせ内容などが含まれます。
従来の製造現場では、設計部門はCADやPLM、製造部門はMESや生産管理システム、品質部門は検査システム、保守部門はサービス管理システムといったように、それぞれ異なる仕組みで情報を管理しているケースが少なくありません。この状態では、部門ごとに同じ情報を転記したり、最新版の図面や手順書を確認したりする作業が発生しやすくなります。
また、多品種少量生産、短納期化、製品の高度化が進むなかで、設計変更や品質問題に迅速に対応する必要性も高まっています。設計情報と製造実績、さらに市場での不具合情報までをつなげて確認できれば、問題の原因を特定しやすくなり、次の設計や生産改善にも反映しやすくなります。このような背景から、デジタルスレッドはDXを進める製造業において重要な取り組みの一つとして注目されています。
デジタルスレッドの目的は、すべてのデータを一つのシステムに集約することではありません。既存の業務システムや現場の仕組みを生かしながら、必要なデータを共通のルールにもとづいて連携させ、製品を軸に情報をたどれる状態をつくることが本質です。
1.2 デジタルツインとの違いと相互関係
デジタルスレッドと混同されやすい言葉に、デジタルツインがあります。デジタルツインとは、工場、設備、製品、部品、人の作業など、現実の対象をデジタル空間上に再現し、状態の把握やシミュレーション、予測に活用する考え方です。
例えば、工作機械や生産設備から取得した稼働データをもとに、デジタル空間上で設備の状態を可視化する仕組みはデジタルツインの一例です。設備の異常兆候を把握したり、工程の条件変更による影響を事前に検討したりする用途が考えられます。
一方でデジタルスレッドは、デジタルツインを含むさまざまなデータを、製品ライフサイクルの前後で結び付けるための情報の流れを指します。デジタルツインが「現実の対象をデジタルで再現するもの」であるのに対し、デジタルスレッドは「再現されたデータや関連情報を工程横断でつなぐもの」と整理できます。
両者は別の概念ですが、相互に活用できます。たとえば、製造中の設備データをデジタルツインで分析し、その結果を製品の製造履歴や品質データと結び付ければ、特定の製造条件と品質結果の関係を確認しやすくなります。デジタルスレッドは、デジタルツインで得られた情報を設計、製造、品質、保守へと還元するための土台にもなります。
1.3 PLMやMESなど製造ITツールとの連携関係
デジタルスレッドは、PLM、MES、生産管理システム、ERP、SCM、IoTプラットフォーム、品質管理システムなど、複数の製造ITツールをまたいで実現されます。それぞれのシステムには役割があり、デジタルスレッドは各システムを置き換えるものではなく、システム間に存在する情報の断絶を減らすための考え方です。
PLMは、製品の企画、設計、開発、設計変更、部品表など、主に製品情報を管理する仕組みです。CADで作成された3Dモデルや図面、設計部品表、承認済みの仕様情報などを管理し、設計情報の整合性を保つ役割を担います。
MESは、製造実行システムとも呼ばれ、製造現場における作業指示、工程の進捗、設備の稼働状況、作業実績、検査結果などを管理する仕組みです。製造指示と実績データを結び付けることで、どの製品がどの工程を経て製造されたのかを把握するために活用されます。
ERPは、受注、購買、在庫、原価、会計など、企業全体の基幹業務を管理するシステムです。生産管理システムは、生産計画、所要量計算、製造指示、在庫管理などを担います。これらのシステムとPLMやMESを連携させることで、設計上の部品構成と調達・在庫情報、製造計画、製造実績を関連付けやすくなります。
デジタルスレッドを構築する際には、各システムが持つデータの意味をそろえることが欠かせません。たとえば、部品番号、品目名称、版数、工程番号、設備番号、製造ロットなどの識別情報がシステムごとに異なると、データを正しく関連付けることが難しくなります。そのため、システム連携だけでなく、製品情報やマスターデータの管理ルールを整えることも、デジタルスレッドの基本となります。
2. 製造業においてデジタルスレッドの構築が求められる理由
製造業では、市場ニーズの多様化、製品の高度化、短納期化への対応などにより、設計から調達、製造、品質保証、保守までを一貫して管理する重要性が高まっています。しかし、各部門や各拠点で異なるシステムや帳票が使われている場合、必要な情報をすぐに確認できず、判断の遅れや手戻りにつながることがあります。
デジタルスレッドは、製品に関するデータを製品ライフサイクル全体でつなぎ、必要な関係者が必要な情報を参照できる状態を目指す考え方です。単にシステムを導入するだけではなく、設計情報、部品表、工程情報、検査記録、不具合情報などを関連付けることで、業務の分断を減らし、変化に強いものづくりを実現しやすくなります。
2.1 部門間のデータ分断とサイロ化の課題
多くの製造業では、設計部門はCADやPLM、生産部門はMESや生産管理システム、品質保証部門は検査データや品質管理表、調達部門は購買管理システムといったように、部門ごとに異なるツールやデータ管理方法を使用しています。この状態では、製品に関する情報が部門単位で閉じてしまい、データサイロが発生しやすくなります。
例えば、設計部門が部品の仕様を変更しても、その情報が生産技術、購買、製造現場へ迅速かつ正確に共有されなければ、旧仕様の部品を発注したり、古い作業手順で生産したりするリスクがあります。情報共有をメール、電話、表計算ソフトなどの手作業に依存している場合、最新版の判別が難しくなることもあります。
また、部門ごとに同じ製品情報を個別に入力・管理していると、データの重複や不整合が生じます。品番、部品名称、図面番号、改訂番号などの表記が統一されていないだけでも、検索や照合に時間がかかり、業務効率を下げる要因になります。デジタルスレッドを構築することで、製品を軸として関連データをつなぎ、部門間で共通の情報を利用しやすくなります。
2.2 設計から製造への情報伝達ロスと手戻りの増加
製品開発では、設計部門で作成した3D CADデータ、2D図面、部品表、設計変更情報などを、生産技術や製造部門が正しく理解し、工程設計や作業指示へ反映する必要があります。しかし、情報の受け渡しが個別ファイルや紙の図面に依存している場合、必要な情報が不足したり、改訂内容が正しく伝わらなかったりする可能性があります。
例えば、設計変更によって部品の寸法や材質が変わったにもかかわらず、製造現場の作業標準書や検査基準書が更新されていないと、誤った条件で加工や組立が行われるおそれがあります。その結果、不良品の発生、再加工、廃棄、納期遅延といった問題につながります。特に多品種少量生産や受注生産では、製品ごとの仕様差が大きいため、情報伝達の精度が収益性にも影響します。
デジタルスレッドでは、設計情報と製造工程、設備条件、作業手順、検査項目などを関連付けて管理します。これにより、製造部門は製品の最新仕様や変更履歴を確認しやすくなり、設計意図を踏まえた生産準備を進めやすくなります。また、製造段階で発生した不具合や改善内容を設計側へフィードバックしやすくなるため、次の設計改善にも活用できます。
2.3 熟練技術者のノウハウ属人化と技術伝承の限界
製造現場では、加工条件の調整、設備の段取り、異常発生時の判断、品質を安定させるための工夫など、熟練技術者の経験や勘に支えられている業務が少なくありません。こうした知識は企業にとって重要な資産ですが、個人の記憶や口頭での伝承に依存していると、担当者の異動や退職によって失われるリスクがあります。
特に、少子高齢化による人材不足や技能者の高齢化が進むなかでは、限られた熟練者が多くの業務を担い続ける体制には限界があります。新人や若手社員が短期間で必要な知識を身につけるためには、ベテランの経験を再現可能なデータや標準手順として残す仕組みが必要です。
デジタルスレッドを活用すると、製品仕様、製造条件、設備稼働データ、検査結果、不具合の原因と対策、保全履歴などを製品や工程と結び付けて蓄積できます。例えば、特定の材料ロットや加工条件で発生しやすい不具合を記録し、類似製品の生産時に参照できるようにすれば、経験則だけに頼らない品質管理につながります。
ただし、熟練者のノウハウをデータ化する際は、単に記録を増やすだけでは十分ではありません。誰が見ても理解できる用語、判断基準、入力ルールを整備し、現場で継続的に活用される状態をつくることが重要です。製品・工程・品質に関する情報をつなげて管理するデジタルスレッドは、技術伝承を支えながら、組織全体のものづくり力を高める基盤になります。
3. デジタルスレッド導入がもたらす4つの効果とメリット
デジタルスレッドを導入すると、設計、調達、生産、品質管理、保守といった製品ライフサイクル全体の情報をつなげて活用できるようになります。単にデータを集約するだけではなく、各部門が同じ製品情報を参照し、変更内容や現場で発生した事実を迅速に反映できる点が大きな特徴です。
ここでは、製造業がデジタルスレッドの構築によって得られる代表的な4つの効果を解説します。
3.1 製品ライフサイクル全体のトレーサビリティ向上
デジタルスレッドの大きなメリットは、製品に関する情報を設計から製造、出荷、保守まで一貫して追跡しやすくなることです。製品仕様、3D CADデータ、部品表、製造指示、検査記録、使用部品のロット情報、保守履歴などを関連付けることで、「いつ、どの製品に、どの部品や工程が使われたか」を確認しやすくなります。
例えば、市場で不具合が発生した場合でも、対象製品のシリアル番号や製造番号から、設計版数、使用部材、製造条件、検査結果まで遡れる仕組みを整えられます。原因調査に必要な情報を複数の部門やシステムから個別に探す手間を減らせるため、調査のスピードと精度の向上につながります。
特に、自動車、航空宇宙、医療機器、産業機械など、品質保証や法規制への対応が重要な業界では、トレーサビリティの強化が企業の信頼性にも直結します。設計上の要件と製造・検査の実績を結び付けて管理できれば、監査対応や品質証跡の提示も円滑に進めやすくなります。
3.1.1 不具合発生時の影響範囲を迅速に特定できる
部品の不良や設計上の問題が判明した際には、影響を受ける製品、製造ロット、顧客、出荷先などを迅速に特定する必要があります。デジタルスレッドによって製品構成情報と製造・品質データが連携していれば、対象範囲を根拠のあるデータに基づいて絞り込めます。
その結果、必要以上に広い範囲で出荷停止や回収を行うリスクを抑えながら、優先度の高い対応に集中しやすくなります。品質問題への初動を早めることは、顧客への影響や対応コストの低減にも役立ちます。
3.2 開発および製造リードタイムの大幅な短縮
製造業では、設計部門が作成した情報を生産技術、調達、製造、品質保証の各部門へ引き継ぐ過程で、多くの確認や転記作業が発生します。設計データと生産情報が別々に管理されている場合、図面の確認、部品表の照合、工程の検討、変更内容の共有に時間がかかり、開発から量産までのリードタイムが長くなりがちです。
デジタルスレッドでは、製品情報を共通のデータとして管理し、必要な部門が最新情報を参照できる環境を整えます。これにより、設計変更の確認待ちや、古い図面・旧版の部品表を使用することによる作業の停滞を減らせます。
また、設計段階から製造性や組立性を検討し、生産現場から得られた実績データを設計へフィードバックしやすくなります。試作や量産立ち上げの段階で発見される問題を早期に把握できれば、後工程での大きな修正を避けやすくなり、開発期間の短縮につながります。
3.2.1 部門間の確認作業やデータ転記を削減できる
設計情報を表計算ソフトやメールで受け渡しし、それぞれの部門が別形式で入力し直していると、確認工数だけでなく入力ミスや版数違いも発生しやすくなります。PLM、ERP、MES、品質管理システムなどを適切に連携させることで、同じデータを複数回入力する作業を減らせます。
人手による転記や問い合わせが減れば、担当者はデータ整理ではなく、設計改善、工程改善、品質向上といった付加価値の高い業務に時間を使いやすくなります。
3.3 設計変更の迅速な反映による品質向上とコスト削減
製品の仕様変更や部品変更は、設計部門だけで完結するものではありません。変更内容は、部品表、調達情報、製造工程、作業手順書、検査基準、保守マニュアルなどにも反映する必要があります。変更情報の伝達が不十分な場合、旧仕様での製造、誤った部材の発注、検査漏れといった問題につながる可能性があります。
デジタルスレッドを活用すると、設計変更と関連するデータのつながりを把握しやすくなります。変更対象の部品や工程、影響を受ける製品、更新が必要な文書を可視化できれば、関係部門への連絡や承認、反映状況の確認を計画的に進められます。
さらに、製造現場の設備データ、作業実績、検査結果、不良情報などを設計・生産技術部門へ戻すことで、実際の製造条件を踏まえた改善につなげられます。設計意図と現場の実態との差を小さくすることは、品質の安定化や不良率の低減に有効です。
3.3.1 手戻りや廃棄ロスを抑え、原価改善につなげられる
設計変更が現場に正しく伝わらないと、誤った仕様で生産した製品の手直しや廃棄、再検査が必要になることがあります。こうした手戻りは、材料費や加工費だけでなく、納期遅延や生産計画の乱れも招きます。
最新版の設計情報、工程情報、検査基準を必要なタイミングで共有できるようにすれば、変更漏れによる製造ミスを防ぎやすくなります。品質不良の発生要因をデータに基づいて分析し、設計・工程・設備条件へ反映するサイクルを確立することで、継続的な原価低減も目指せます。
3.4 アフターサービス向上と新たなビジネスモデル創出
デジタルスレッドは、製品を出荷した後の保守・サービス業務にも活用できます。製品ごとの構成部品、製造履歴、検査履歴、修理履歴、交換部品などを関連付けて管理することで、顧客が使用している製品の状態や過去の対応内容を把握しやすくなります。
サービス担当者が必要な製品情報を迅速に確認できれば、問い合わせ対応や故障診断の精度を高められます。適合する交換部品や保守手順を案内しやすくなるため、修理時間の短縮や顧客満足度の向上にもつながります。
また、IoT機器やセンサーを活用して製品の稼働データを取得する場合は、設計・製造時の情報と使用時のデータを結び付けて分析できます。実際の使用環境や稼働状況を踏まえた予防保全、部品交換時期の提案、次世代製品の改善などを行いやすくなります。
3.4.1 売り切り型から継続的な価値提供へ移行しやすくなる
従来のように製品を販売して終わるだけではなく、保守契約、定期点検、遠隔監視、消耗品の提供といった継続的なサービスを展開する企業も増えています。デジタルスレッドによって製品単位の情報を管理できれば、顧客ごとの利用状況に応じたサービス提案を行いやすくなります。
例えば、稼働時間や部品の交換履歴を基にした保守計画の提案、故障の兆候を捉えた点検案内、使用条件を反映した改善提案などが可能になります。製造部門、サービス部門、営業部門が同じ製品情報を活用することで、製品そのものだけでなく、導入後の運用価値まで含めて顧客に提供しやすくなります。
4. デジタルスレッドを成功に導く導入ステップ
デジタルスレッドの導入では、PLM、ERP、MES、CAD、IoTなどのシステムを一度に刷新することが目的ではありません。設計、調達、生産、品質保証、保守といった各工程に散在する製品情報をつなぎ、必要な人が必要なタイミングで正しいデータを利用できる状態を段階的に作ることが重要です。
特に製造業では、製品構成、部品表、図面、工程表、検査記録、設備データなど、連携対象となるデータが多岐にわたります。現場の業務実態を十分に確認せずにシステム導入を進めると、データの不整合や運用負荷の増加につながる可能性があります。ここでは、デジタルスレッドを現場で活用できる仕組みにするための基本的な導入ステップをご紹介します。
4.1 ステップ1 現状プロセスの可視化とデータ連携課題の抽出
最初に行うべきことは、製品の企画・設計から生産、出荷、保守までの業務プロセスを可視化することです。どの部門が、どのタイミングで、どのデータを作成・更新・参照しているのかを整理します。
例えば、設計部門ではCADデータや3Dモデル、部品表、技術文書を管理している一方、生産部門では工程表、作業指示書、設備情報、製造実績を別のシステムやExcelで管理しているケースがあります。このような場合、設計変更が製造現場へ正確かつ迅速に伝わっているか、最新の図面や作業標準書が利用されているかを確認する必要があります。
4.1.1 業務フローとデータの流れを分けて整理する
業務フローだけを確認すると、担当者間の作業の流れは見えても、データがどこで生成され、どこで加工され、どこへ引き渡されているかまでは把握しにくい場合があります。そのため、業務の流れとあわせて、製品情報・部品情報・品質情報・設備情報といったデータの流れを整理することが大切です。
データ連携の状況を確認する際は、紙、Excel、メール、共有フォルダ、各種業務システムなど、実際に使用されている情報媒体も対象にします。特定の担当者が手作業で転記している箇所や、複数の部門で同じデータを別々に管理している箇所は、優先的に改善を検討すべきポイントです。
4.1.2 改善効果が大きい課題から優先順位を決める
デジタルスレッドの対象範囲は広いため、すべての課題を同時に解決しようとすると、プロジェクトが大規模化しやすくなります。そのため、手戻りが多い工程、設計変更の伝達に時間がかかる工程、不良発生時の原因追跡に時間を要する工程など、事業への影響が大きい課題から優先順位を設定します。
課題の優先順位を決める際には、「データ連携によって削減できる工数」「品質への影響」「納期への影響」「実現の難易度」といった観点で評価すると、導入の目的が明確になります。現場担当者だけでなく、設計、生産管理、品質保証、情報システム部門などが参加して判断することも重要です。
4.2 ステップ2 連携すべき重要データとデータモデルの定義
現状分析で課題を整理した後は、デジタルスレッドで連携するデータを定義します。すべてのデータを連携対象にするのではなく、製品ライフサイクル全体の追跡性や業務効率、品質向上に直結する情報を見極めることが必要です。
代表的な対象データには、製品仕様、3Dモデル、図面、部品表、変更履歴、工程情報、製造指示、検査結果、不具合情報、保守履歴などがあります。これらのデータを製品番号、部品番号、ロット番号、製造番号などの共通キーで関連付けることで、設計情報から製造実績、品質情報までを追跡しやすくなります。
4.2.1 マスターデータの責任範囲を明確にする
データ連携を進める際には、どのシステムを正しい情報の管理元とするかを明確にしなければなりません。例えば、製品構成や設計部品表はPLM、販売・調達に関わる品目情報はERP、製造実績や設備実績はMESというように、データごとの管理責任を定めます。
管理元が曖昧なまま連携を行うと、同じ部品番号に異なる名称や仕様が登録されるなど、データの不整合が起こるおそれがあります。各データの作成者、承認者、更新権限、更新タイミングを定義し、最新版を判断できる運用ルールを整えることが重要です。
4.2.2 設計BOMと製造BOMの関係を整理する
製造業のデジタルスレッドでは、部品表であるBOMの整理が重要な要素です。設計部門が管理する設計BOMと、生産部門で使用する製造BOMは、必ずしも同じ構成とは限りません。製造BOMには、組立順序、代替部品、副資材、工程ごとの部品投入情報など、製造に必要な情報が含まれる場合があります。
両者の違いを明確にし、設計変更が発生した際に、どの製造工程や調達部品へ影響するのかを確認できる関係を設計します。これにより、設計変更の影響範囲を把握しやすくなり、部品の手配漏れや旧版図面による製造といったリスクの低減につながります。
4.3 ステップ3 基幹システムと連携ツールの選定および環境構築
データ要件と運用方針を定めた後は、既存システムの活用範囲と、新たに必要となるシステムや連携基盤を検討します。デジタルスレッドでは、PLM、ERP、MES、SCM、品質管理システム、IoTプラットフォームなど、複数のシステムが関わることがあります。
システム選定では、機能の多さだけでなく、既存環境との連携性、データの拡張性、運用負荷、セキュリティ、導入後の保守体制を総合的に確認することが大切です。現在利用しているシステムに連携機能がある場合でも、データ形式や更新頻度、アクセス権限などを確認し、現場の業務要件に対応できるかを見極めます。
4.3.1 連携方式はリアルタイム性と業務要件で判断する
システム間のデータ連携には、APIを利用して必要なタイミングで情報を連携する方法や、一定時間ごとにデータを同期する方法などがあります。すべての情報をリアルタイムに連携する必要はなく、データごとに求められる更新頻度を考慮して方式を選ぶことが重要です。
例えば、設計変更情報は承認後すみやかに製造部門へ反映する必要がある一方、日次の生産実績であれば定期連携でも業務上問題がない場合があります。連携対象ごとに必要な鮮度を定義することで、過剰なシステム負荷や複雑な構成を避けやすくなります。
4.3.2 アクセス権限と変更管理の仕組みを整備する
製品設計、原価、取引先、品質不具合などの情報には、社内外への公開範囲を慎重に管理すべきデータが含まれます。そのため、部門・役職・業務権限に応じて閲覧、登録、更新、承認の権限を設定する必要があります。
あわせて、図面や部品表、工程情報などの変更履歴を管理し、いつ、誰が、どの内容を変更したのかを確認できるようにします。製造業では、変更前後の情報を追跡できることが品質保証や監査対応に役立つため、版数管理と承認ワークフローをシステムと運用の両面で整備することが重要です。
4.4 ステップ4 スモールスタートによる検証と全社展開
デジタルスレッドは、対象製品、部門、拠点を限定したスモールスタートで始める方法が適しています。まずは、設計変更が多い製品、不具合発生時の調査に時間がかかる製品、新製品開発の頻度が高い製品など、改善効果を確認しやすい領域を選定します。
限定した範囲で実際のデータ連携と業務運用を検証することで、データ項目の不足、マスターデータの不整合、現場での操作性、運用ルールの課題を早い段階で発見できます。検証結果をもとに改善を重ねてから対象範囲を広げることで、大規模な手戻りを抑えやすくなります。
4.4.1 評価指標を設定して導入効果を確認する
導入前には、デジタルスレッドによって改善したい指標を明確にします。例えば、設計変更の伝達にかかる日数、図面確認や転記作業にかかる時間、不良原因の特定時間、製造リードタイム、手戻り件数などが評価指標になります。
効果を定量的に確認するためには、導入前の実績値を取得しておくことが大切です。導入後に目標との差異を確認し、システムの機能不足なのか、データ品質の問題なのか、運用定着の課題なのかを分析します。評価結果を次の改善計画に反映することで、デジタルスレッドを継続的に成熟させられます。
4.4.2 現場教育と運用定着を並行して進める
デジタルスレッドの導入効果は、システムを導入するだけでは十分に得られません。設計者、生産技術者、製造現場、品質保証担当者など、それぞれが新しいデータの見方や業務手順を理解し、日常業務で活用することが必要です。
教育では、操作方法だけでなく、なぜデータを正しく入力・更新する必要があるのか、後工程や他部門にどのような影響があるのかを伝えることが重要です。現場から寄せられる意見や改善要望を継続的に取り入れ、業務ルールや画面設計を見直すことで、データ連携が定着しやすくなります。
デジタルスレッドの導入は、単なるシステム連携ではなく、製品情報を軸に業務プロセスと組織の連携を見直す取り組みです。現状の課題を正確に把握し、連携するデータの優先順位を定め、検証と改善を繰り返しながら展開することで、設計から製造、品質、保守まで一貫したデータ活用につなげられます。
5. デジタルスレッド導入を円滑に進めるポイント
デジタルスレッドは、設計、調達、生産、品質保証、保守といった各工程のデータをつなぐ取り組みです。そのため、特定のシステムを導入するだけでは十分な効果を得られません。部門ごとに異なる業務ルールやデータ形式、権限管理を整理し、組織全体で継続的に運用できる仕組みを整えることが重要です。
特に製造業では、設計部門のCADデータ、BOM、生産技術部門の工程情報、工場の実績データ、品質検査記録、サービス部門の保守履歴など、扱う情報が多岐にわたります。導入を円滑に進めるためには、データ連携の目的を明確にしたうえで、組織・業務・データ・セキュリティを一体で検討する必要があります。
5.1 部門横断の推進組織づくりと共通言語の策定
デジタルスレッドの構築では、設計部門や生産部門だけでなく、情報システム部門、品質保証部門、調達部門、営業部門、アフターサービス部門などが関わります。各部門が個別最適でシステムやデータを管理している状態では、連携対象や責任範囲を決められず、プロジェクトが停滞するおそれがあります。
そのため、経営層の支援を受けながら、部門横断で意思決定できる推進組織を設けることが大切です。推進組織には、業務を理解する現場担当者、データ活用を検討する責任者、システムを管理する情報システム担当者を参加させるとよいでしょう。現場の実態とIT基盤の制約を両方踏まえた計画を立てやすくなります。
5.1.1 目的とKPIを部門間で共有する
推進組織をつくる際は、「データをつなぐこと」自体を目的にしないことが重要です。例えば、設計変更に伴う製造現場への指示漏れを減らす、品質不具合の原因特定にかかる時間を短縮する、部品トレーサビリティを高めるなど、具体的な業務課題を目標に設定します。
目標を定めた後は、設計変更の反映日数、不良率、手戻り件数、帳票作成時間、検索にかかる時間など、効果を確認できるKPIを設定します。部門ごとに異なる評価指標だけを重視すると対立が起こりやすいため、製品ライフサイクル全体の成果につながる共通KPIを設けることがポイントです。
5.1.2 用語やデータの意味を統一する
同じ「部品番号」や「工程」という言葉であっても、部門や拠点によって定義が異なることがあります。例えば、設計部門では部品表上の構成部品を指し、生産部門では製造工程で使用する購買品や副資材まで含める場合があります。このような定義の違いを放置したままデータ連携を進めると、誤った情報がシステム間で流通する原因になります。
導入前には、品目、部品、製品構成、BOM、版数、設計変更、工程、ロット、シリアル番号、不具合などの主要用語を洗い出し、用語集やデータ定義書として共有します。名称だけでなく、登録するタイミング、管理責任者、参照できる部門、更新ルールまで定めることで、データの解釈のずれを抑えられます。
5.1.3 現場の負担とメリットを可視化する
デジタルスレッドの導入では、入力項目の追加や業務手順の変更が発生することがあります。現場にとっては負担が増えたように見えるため、目的や効果が十分に伝わらない場合、データ入力が定着しない可能性があります。
そこで、現場担当者に対しては「なぜこのデータが必要なのか」「入力した情報が後工程でどのように使われるのか」を具体的に説明することが大切です。例えば、製造実績を正確に記録することで、品質問題が発生した際に対象ロットを迅速に特定できることや、保守履歴を蓄積することで設計改善につながることを共有します。データを入力する担当者にもメリットがある運用を設計すると、継続的な活用につながります。
5.2 データの標準化とセキュリティ基盤の確立
デジタルスレッドでは、複数のシステムや設備からデータを収集し、製品や工程にひも付けて活用します。PLM、ERP、MES、品質管理システム、IoT機器などでデータ形式や管理単位が異なる場合、単純に連携するだけでは情報の整合性を保てません。データ標準化とガバナンスの仕組みを整えることが、信頼できるデジタルスレッドの基盤になります。
5.2.1 マスタデータの管理ルールを整備する
製品番号、部品番号、取引先コード、設備番号、工程コードなどのマスタデータは、複数システムで共通して使われます。各システムで別々のコード体系を採用していると、データを統合する際に変換作業が必要となり、紐付けミスや二重管理が発生しやすくなります。
まずは、どのシステムをマスタの正とするかを明確にし、データの作成、変更、廃止に関する承認フローを定めます。例えば、製品構成や設計版数はPLMを基準とし、生産計画や在庫情報はERPを基準とするなど、データごとに管理責任を整理します。すべてのデータを一度に統一しようとせず、品質やトレーサビリティに直結する重要データから整備を始めると進めやすくなります。
5.2.2 データ連携の粒度と更新タイミングを設計する
データ連携では、どの情報をどの単位で、いつ更新するかを定義する必要があります。例えば、設計変更情報を日次で連携するのか、承認完了時点で即時に連携するのかによって、製造現場で利用する情報の鮮度が変わります。また、設備稼働データを秒単位で収集するのか、日次集計値だけを保存するのかによって、必要な通信基盤や保存容量も異なります。
すべてのデータをリアルタイムで連携する必要はありません。業務上の判断に必要なタイミングと精度を見極め、データ量、運用負荷、システムコストのバランスを取ることが重要です。設計変更や品質異常のように迅速な対応が必要な情報は早期連携を検討し、分析目的のデータは定期的な集約でも問題ない場合があります。
5.2.3 アクセス権限とログ管理を徹底する
デジタルスレッドでは、設計図面、原価情報、製造条件、取引先情報、保守履歴など、機密性の高いデータを部門横断で扱います。データ活用を進める一方で、必要以上に閲覧・編集できる状態になると、情報漏えいや意図しないデータ改ざんのリスクが高まります。
利用者の役割に応じて、閲覧、登録、変更、承認、出力といった権限を適切に分けることが必要です。例えば、設計変更の承認権限は限られた担当者に付与し、製造現場では承認済みの最新版のみを参照できるようにします。あわせて、誰がいつデータを閲覧・変更したかを確認できるログを保存し、定期的に確認する運用を整えます。
5.2.4 サイバーセキュリティを生産現場まで含めて検討する
工場設備やIoT機器をネットワークに接続する場合は、情報システムだけでなく、生産設備を含めたセキュリティ対策が求められます。古い設備ではソフトウェア更新が難しい場合もあるため、接続範囲や通信経路を把握し、必要に応じてネットワークを分離するなどの対策を検討します。
また、クラウドサービスを利用する場合は、保存するデータの種類、アクセス元、認証方法、バックアップ、障害時の復旧手順を事前に確認することが大切です。多要素認証や端末管理、定期的な脆弱性対応、従業員への教育を組み合わせることで、データ活用と安全性を両立しやすくなります。
デジタルスレッドを定着させるには、システム導入後もデータ品質や利用状況を継続的に見直すことが欠かせません。部門横断で課題を共有し、データ定義や業務ルールを改善し続けることで、設計から製造、品質、保守まで一貫した情報活用につなげられます。
6. まとめ
デジタルスレッドは、企画・設計・生産・品質管理・保守までの情報をつなぎ、製品ライフサイクル全体で活用する考え方です。部門ごとにデータが分断されている状態を改善することで、設計変更の伝達漏れや確認作業、手戻りの削減につながります。
導入を成功させるには、PLMやMESなどのツールを導入すること自体を目的にせず、まずは現状の業務プロセスとデータの流れを整理することが重要です。そのうえで、連携するデータ、管理ルール、責任範囲を明確にし、小さな対象業務から検証を進める必要があります。
デジタルスレッドは、製造現場だけで完結する取り組みではありません。設計、調達、生産、品質、営業、アフターサービスが共通の情報を活用できる体制を整えることで、品質向上、リードタイム短縮、技術伝承、新たなサービス展開といった成果につなげやすくなります。

